劇団ひとりの孤軍奮闘
劇団ひとりが最近かなり注目を集めている。
お笑いタレントの顔だけでなく、本格俳優として、ベストセラー作家として各方面で才能を発揮し始めている。
そんな劇団ひとりの活躍をみて、周囲はいささか冷ややかな目でみているようだ。
確かにキャラ的には決してカッコのよいスマートな感じではないので、バカにされやすいかもしれないが、俳優としてはなかなかの演技ぶりだと思う。
劇団ひとりは今後マルチタレントとしてどんどん活躍の場が増えてくると思う。
●劇団ひとりとはこんな人
本名:川島省吾
千葉県千葉市出身。
生年月日:1977年2月2日現年齢:30歳
活動内容:お笑いタレント、俳優、小説家
太田プロダクション所属。
父親の仕事がパイロットだった関係で、小学校2年から5年まで、米国アラスカ州アンカレッジに住んでいた帰国子女。
当時、フィギュアスケートの村主章枝が近所に住んでいたため一緒に遊んだことがある。
現在の英会話能力は、日常会話程度であると自認している。
千葉市立幕張本郷中学校卒業後、金剛学園高等専修学校(現・桜林高等学校)に入学後数週間で中退、同年に編入扱いで千葉県立京葉工業高等学校(機械科)に入学するが(理由は「学ランを着たかったから。1年弱で中退後千葉県立船橋高等学校定時制普通科卒業。高校生活は計4年間になる。
当時はヤンキーで、番組でヤンキー時代の写真が公開された。
高校1年の1992年に、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』内のコーナー「お笑い甲子園」に、バーテックスというコンビを組んで出場。その後太田プロダクションに所属しデビュー。
太田プロに入ってからは、一時代子役として活躍した経歴のある劇団日本児童出身の秋永和彦とお笑いコンビ「スープレックス」を組み漫才を展開。当時より劇団ひとりの才能や完成度は、コアなファンやお笑いライターに評価されていたが、ボキャ天ブームや『進め!電波少年』で、太田プロがU-turnや猿岩石などのグループをメインに売り出していたことや、劇団ひとり自身の遅刻・ドタキャン癖が影響し、『爆笑オンエアバトル』などには出場していたものの、ブレイクの機会を逸したまま2000年5月に秋永の蒸発を理由にコンビを解散、劇団ひとりはピン芸人として再出発することとなった。
ピン芸人になるにあたり芸名をネット掲示板で募り、そこに書き込まれた「カツカレー」を名乗ったことがある。しかし事務所に「カツ」という芸名の人物がいたために反対され、この芸名を使ったのは1週間ほどであった。
その後、様々なキャラクターを演じ分ける一人芝居風のコントが評判になり、お笑いライブや『新しい波8』『完売劇場』などのテレビ番組で徐々に知名度が上がる。2004年2月、『めちゃ²イケてるッ!』の「笑わず嫌い王決定戦」に出演。以降、メディアでの露出が次第に増える。
また、俳優として、テレビドラマや映画などに活躍の場を広げる。
2006年1月、小説『陰日向に咲く』で小説家デビュー。2008年新春、『陰日向に咲く』がV6の岡田准一主演で映画化予定。(Wikipediaより)