華原朋美引退に小室無言
華原朋美の引退騒動で、過去に恋人関係だった小室哲哉は、「僕に関係ない」と
なんとも冷たい発言が飛び出した。
たしかに、華原朋美と小室哲哉は、今となっては恋人同士でもないが、華原朋美
がスターに昇りつめることができたのも小室のおかげだし、華原朋美の恩人なのだ
からもう少しやさしい言葉がほしかった。
華原朋美がこのまま引退するのはファンにとって非常に残念だが、華原朋美自身
も薬物依存でまともに芸能活動ができない状況だから仕方がないところがあるが、
もう一度朋ちゃんスマイルがみたいものだ。
●華原朋美のプロフィール
1974年8月17日生まれ。
東京都江東区出身、千葉県浦安市育ち。血液型はA型。獅子座。
愛称は「朋ちゃん」。
代表曲に『I'm proud』『I BELIEVE』『Hate tell a lie』など。かつてのプロデューサー・小室哲哉に「愛を歌うことが出来る人」と称された。
3才頃、「あれに乗りたい!」の一言ではじめた趣味の乗馬は、高校3年生の時に国体で第4位という成績を修めた。5才頃には、突発性血管性紫斑病に罹り、3ヶ月間無菌室に入院していた。その後は乗馬で身体も鍛え筋力もつき、2005年に発売した初の写真集では引き締まったプロポーションを披露した。
また、将棋の級も持っており、NHK衛星第2テレビの将棋特番で司会も務めた。
かつては、三浦彩香や遠峯ありさなどの芸名でグラビアアイドルタレントとして活動。「さんまのナンでもダービー」などでアシスタントを務めた。遠峯時代に小室哲哉に見出される。小室との出会いは、華原(遠峯)に興味を持っていた小室が、当時青山にあった小室の店・TJMに華原を呼んだことがきっかけ(引き合わせたのは、きくちP)。
そして2人は親交を深め恋愛関係に発展した。また華原は女優志望だったが、交際中、偶然カラオケでtrfの曲を歌い、それを聴いた小室が“涙腺を刺激する歌声”と称し、歌手デビューが決定。ちなみに、初めて買ったCDが中山美穂の「50/50」(小室作曲)で好んで歌っていたというから、まさに運命的な出会いであったといえる。
また、デビュー直前に2人の関係をすっぱ抜いた週刊誌の記者に対し、小室は“アーティストに手をつけたのではない、恋人に曲を書いてデビューさせただけだ”と語っている。
小室プロデュースの作品でミリオンセラーを連発し、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。1995年に発売したシングル『I BELIEVE』で新人賞を総なめにし、2作目にしてミリオンを突破するなど新人としては異例の快挙を達成。
1996年に発売した3枚目のシングル『I'm proud』は140万枚を売り上げ、名実共に代表曲に。ファーストアルバム『LOVE BRACE』も250万枚突破の記録的なヒットとなり、1997年に発売したCDは全てチャート首位を獲得。なかでも『Hate tell a lie』は小室プロデュース作品としては最後のミリオンシングルとなっている。そのドラマティックな半生は、各曲の歌詞・歌声にあらわれている。
1999年には小室との破局から体調を崩し、睡眠薬などに頼る体質から度重なる事故騒動などで世間を騒がせた。2000年には再度休養に入り、このまま活動停止・引退と心配されたが、休養先のカナダから一時帰国中に「進ぬ!電波少年」から全米デビュー企画のオファーを受け渡米。
2001年に凱旋帰国後は歌手業だけではなく、バラエティ番組への出演や司会業など活動の幅を広げマルチに活動。デビュー10周年を迎えた2005年からはミュージカルの舞台にも進出し、ミュージカル女優としての活動も本格化させていた。(Wikipediaより)