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阿部典史さん、壮絶な事故死

二輪レーサーの阿部典史さんが、バイク事故で亡くなってしまった。
阿部さんは、ロードレース世界選手権で優勝するなどの実績を持つ日本を代表する
レーサーの1人で、まだ32歳と若く、本当に悔やまれる。

オートバイレーサーの阿部さんが、バイク事故で亡くなるのは痛ましいが、相手の
トラックをよけきれないほど、スピードを出していたのだろうか?それともトラックが
禁止されているUターンをしたことがすべての事故原因だったのだろうか?

バイクの運転は、自動車で事故するよりも危険である。ましてや相手がトラックなら
ひとたまりもない。
災難がいつ何時くるかわからない!

●阿部典史さんの足跡・・・
モーターサイクル・ロードレースレーサー。
東京都世田谷区出身。父はオートレース選手の阿部光雄。
5歳からバイクに乗り、ポケバイ、ミニバイクレースを経験した。

15歳で渡米しダートトラック、モトクロスの修行をする。全日本ロードレース選手権フル参戦
一年目の1993年に最高峰クラスの500ccクラスにおいて、史上最年少の18歳でチャンピオ
ン、そして500ccクラス最後のチャンピオンとなった。

1994年にはロードレース世界選手権(WGP)日本GPでケビン・シュワンツ、マイケル・ドゥー
ハン等と苛烈なトップ争いを繰り広げながらも残り3周で転倒リタイアしてしまうという、センセ
ーショナルなデビューを飾る。

阿部のパフォーマンスのインパクトは、バレンティーノ・ロッシがこの阿部の勇姿に憧れ自らを
「ろっしふみ」と名乗ったエピソードが物語っている。

1995年よりWGPフル参戦。1996年の世界GP第3戦日本GP(鈴鹿)では、1982年のスウェー
デンGPでの片山敬済以来の日本人ライダーによる500ccクラスの優勝を飾る。

2005年よりスーパーバイク世界選手権に参戦の場を移す。2007年より13年ぶりに全日本ロ
ードレース選手権(JSB1000クラス)に復帰を果たし、今期6戦を終え総合3位。自身のオフィ
シャルサイトでは10月20日に鈴鹿で行われるレースへの意気込みも記されていた。

2007年10月7日午後6時20分頃、神奈川県川崎市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の
右側車線を500ccスクーター型バイク(黒いヤマハ・T-MAX)で北上中、左側車線から突然U
ターンしてきた4トントラックと衝突し、午後8時50分過ぎ、搬送先の病院で急逝。(参考:Wikipedia)

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